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日本武尊・白鳥伝説 三市交流

平成10年、日本武尊・白鳥伝説ゆかりの御陵のあるまちをテ-マに三重県亀山市奈良県御所市と都市間交流の合意書を交わしました。以来、平成11年度より三市に白鳥が舞い降りた順番(亀山市→御所市→羽曳野市の順)に市民交流行事を実施しています。

白鳥伝説とは

 日本武尊(ヤマトタケルノミコト)は、武勇でその名を知られています。大和朝廷全国統一のために天皇の命令を受け西方と東方に遠征、勝利を収めました。その帰途、能褒野(のぼの)(三重県亀山市)で没しました。日本武尊は白鳥に姿を変え、大和に向かって飛び立ち、琴弾原(ことひきのはら)(奈良県御所市)に降り立ったあと、再び飛び立ち、そして、河内の旧市邑(ふるいちむら)(大阪府羽曳野市)に舞い降り、ついに、天へ向かって飛び去りました〔日本書紀より〕。
 その3カ所にはそれぞれ墓が造られ、合わせて「白鳥三陵」といいます。

羽曳野の白鳥陵

白鳥陵古墳写真

軽里3丁目にある大型前方後円墳墳丘長190m、後円部の直径106m、前方部の幅165mで、幅40から80mの濠を持ち、日本武尊伝承の三陵(白鳥三陵)のうちの1つとされています。

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